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久谷村(近世) 江戸期~明治初期の村名伊勢国飯高郡のうち櫛田川上流,同川支流蓮【はちす】川下流域に位置する集落は,川俣【かばた】谷の谷盆地にあるはじめ松坂藩領,元和5年から紀州藩松坂領波瀬組に属す村高は,「元禄郷帳」50石余,「天保郷帳」20石余,「旧高旧領」59石余明治4年度会【わたらい】県に所属明治2年の戸数8・人口29(うち男12・女17),村高59石余,牛4,産物は米・麦・粟・黍・稗・蕎麦・大豆・小豆・芋・煎茶・串柿・芋茎を産する(大指出帳)明治初期森村の一部となる |
出典:KADOKAWA「角川日本地名大辞典(旧地名編)」